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仙台にて

仙台でお会いした人たちは、福島で生まれ育った人だった。
私たちが今回、南相馬などを訪れた目的を話しているうちに若干微妙な雰囲気に…。

「安全とか、危険とか、どっちの話も聞きたくない。」

原発の話よりも、目の前の「生きていくことが精一杯の状況」を何とかしたい。
福島原発は「福島」という名前ではなくて「双葉原発」などと名乗ればよかったのに。

これらの言葉の意味がよくわからなくて、時々沈黙してしまった。
真意を読み取るには、あまりにも人間関係がなさ過ぎて理解することは不可能だった。

いろんな意味で暮らしそのものが、人がバラバラになってしまった福島。
福島にいながら「原発」のことを考えてこなかった人がどれほどいたか。
そして、大きな事故を起こしたせいで自分たちの生活基盤が失われそうになっているのに、
まだその真実に目を向けようとしない人がどれほどいるか。

私たちは「福島は人の住むところではなくなった」「全県民を避難させなくてはいけない」
そう言ってきたけれど、現にそこに今も住み続ける人にとってそれは、

「放っておいてくれ。迷惑だ。なんてことないのに」

になってしまうのだろうか。そうとしたら、これも原発の闇の部分だと思う。
人の心を鈍感に、わからなくてはいけないことに蓋をしてしまう。

全部含めて考えていかなくてはいけないのだと、行ってみてあらためて思った。
そして他の原発立地県の人たちも同じようなのかと気になる。今でもそうなのですか?
雇用がないからというけれど、雇用さえ確保できたら原発から撤退する道を選べるのですか?
長年の補助金制度が人を「考えない葦」に変えてしまった。

思いを引きずりながら仙台の街を巡った。
津波の被害を大きく受けたところだけを見て回るのはよそう。
残念ながら、阪神淡路大震災の記憶がよみがえりPTSDを去年起こしてしまったので
被災地を巡るのはつらすぎる。しかし、空港の近くというのはどこも津波の被害を
受けたところばかり。ほんのわずかの、道一本が運命を分けたという意味では
神戸などとおなじだなあと、田んぼに流された船を見ながら思った。

1年4か月がたとうというのに、津波に一階をぶち抜かれた家が何軒も建っている。
そうかと思えば、修復して住めるようにしている途中のところがあったり、
新しく家を建てているところがあったり…。

いつもそうだけど、立ち直れる人は「力のある人」なんだな。
気持ちだけではどうにもならないこともある。それでも前を向かないと
どうしようもないと歯を食いしばっている人たちが、東北の空の下にたくさん、居る。
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